東京地方裁判所 平成6年(ワ)13801号 判決 2000年8月30日
平成六年(ワ)第一三八〇一号 特許権侵害差止請求権等不存在確認請求事件(甲事件)
平成八年(ワ)第三〇四二号 特許権債務不存在確認請求事件(乙事件)
甲、乙両事件原告
日本カーバイド工業株式会社
右代表者代表取締役
【A】
右訴訟代理人弁護士
田中徹
同
大塚一郎
同
花岡巖
同
新保克芳
甲事件訴訟復代理人、乙事件訴訟代理人弁護士
村田真一
右補佐人弁理士
【B】
同
【C】
同
【D】
同
【E】
甲、乙両事件被告
ミネソタ・マイニング・アンドマニュファクチュアリング・カンパニー
右代表者
【F】
右訴訟代理人弁護士
久保田穰
同
増井和夫
右訴訟復代理人弁護士
橋口尚幸
主文
一 被告は、原告に対し、原被告間で平成四年四月二九日付で締結した契約又は特許登録第一四八一三七一号の特許権に基づき、原告が別紙製品目録一記載のカプセルレンズ型再帰反射シートを製造、使用及び販売したことについて、損害賠償請求権を有しないことを確認する。
二 被告は、原告に対し、原被告間で平成四年四月二九日付で締結した契約又は特許登録第一四八一三七一号の特許権に基づき、ニッカポリマ株式会社が別紙製品目録二及び三記載のカプセルレンズ型再帰反射シートを製造し、原告がこれを使用及び販売したことについて、損害賠償請求権を有しないことを確認する。
三 訴訟費用は、被告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
【甲事件】
主文一項と同旨
【乙事件】
主文二項と同旨
第二事案の概要
原告は、後記の特許権を有していた被告に対して、後記の製造方法によってカプセルレンズ型再帰反射シート(別紙製品目録一ないし三記載の製品を、順に、「ULS」、「西武ULG」、「ニッカULG」という。また、「西武ULG」及び「ニッカULG」を合わせて「ULG」という場合がある。)を製造し、販売等していた原告の行為は、同特許権を侵害せず、また、後記一6記載の契約(以下「本件契約」という。)に違反していないと主張して、同特許権又は契約に基づく被告の原告に対する損害賠償請求権は存在しないことの確認を求めた。
一 前提となる事実(証拠を示した事実を除き、当事者間に争いがない。)
1 当事者
(一) 原告ら
原告は、平成三年八月一日、訴外西武ポリマ化成株式会社及び同西武ライト・インタナショナル株式会社(以下、合わせて「西武」という。)から、西武ULGを含むカプセルレンズ型再帰反射シートの事業を承継した。
訴外ニッカポリマ株式会社(以下「ニッカポリマ」という。原告とニッカポリマを合わせて、「原告ら」という場合がある。)は、原告の子会社である(乙四)。
(二) 被告
被告は、改良されたセル状再帰反射性シーティングの発明に係る、後記2記載の特許権者であり、米国、英国、フランス等の諸国においても、右特許権に対応する特許権(以下「【G】特許」という場合がある。)を有している。
2 被告の特許権
被告は、以下の特許権(以下「本件特許権」といい、その発明を「本件発明」という。)を有していた。
(一) (1) 発明の名称 改良されたセル状再帰反射性シーティングの製造法
(2) 登録番号 特許第一四八一三七一号
(3) 出願日 昭和五二年二月一六日
(4) 登録日 平成一年二月一〇日
(5) 一九七六年(昭和五一年)二月一七日米国特許出願第六五八二八四号に基づく優先権を主張
(6) 特許請求の範囲(訂正後のものを記載する。)
(a) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして、
(b) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とする前記シーティングの製造法。
3 構成要件の分説
甲事件と乙事件では、分説方法を異にしているので、両事件について別個に記載する。
【甲事件】
A(一) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして、
(二) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において、
B(三) 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、
(四) この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、
(五) 前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる
ことを特徴とする前記シーティングの製造法。
【乙事件】
(一) 結合剤物質の層と結合剤物質の層の一方の表面上に再帰反射性要素の層を配置した基体シートを製造し、そして、
(二) 前記結合剤物質を加熱成形処理に供し、互に交差している狭い網目状の結合部組織を被覆シートに接触させて形成させることにより、
(三) 再帰反射性要素の層から間隔を置いて該被覆シートを接着させることからなる再帰反射シーティングの製造方法において、
(四) 加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、
(五) この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより、
(六) 前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させる
ことを特徴とする前記シーティングの製造法。
4 原告各製造方法
(一) 原告製造方法(ULS)
(1) 原告製造方法(ULS)については争いがある(後記二の争点1)。
(2) その製造工程は、別紙「ULSの製造工程」記載のとおりである。
(二) 原告製造方法(西武ULG)
(1) 西武ULGの製造方法は、以下のとおりである。
① ポリエチレンテレフタレートフィルムの上に、
(a) イソシアネートにより架橋されたアクリル樹脂層(サポート層)と、
(b) 多数のガラスビーズのアルミ蒸着膜におおわれたほぼ下半球面が埋没した、加熱成形可能の熱可塑性アクリル樹脂を主成分としその三重量パーセント(バインダー層の組成物全体に対して一・三重量パーセント)の架橋剤を含む層(バインダー層)の二層を積層したシート(基体シート)を製造し、三ないし五日間室温(一五から二三度)に保持し、そして、
② 基体シートの上にアクリルフィルム被覆シートを重ね、基体シートのポリエチレンテレフタレートフィルム側からエンボスロールによる加熱加圧を施すことにより、基体シートのガラスビーズ側表面にバインダー層が突出した交互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成しつつ、そこにアクリルフィルム被覆シートをガラスビーズ層から間隔をおいて接着させた後、赤外線ヒータの下部を通過させ、引き続き、冷却ロールで室温まで冷却し、これを少なくとも一〇日間保持する。
(2) 西武ULGの製造工程は、別紙「西武ULG製造工程」のとおりである。
(三) 原告製造方法(ニッカULG)
(1) ニッカULGの製造方法は、以下のとおりである。
① ポリエチレンテレフタレートフィルムの上に、
(a) イソシアネートにより架橋されたアクリル樹脂層(サポート層)と、
(b) 多数のガラスビーズのアルミ蒸着膜におおわれたほぼ下半球面が埋没した、加熱成形可能の熱可塑性アクリル樹脂を主成分としその三重量パーセント(バインダー層の組成物全体に対して一・三重量パーセント)の架橋剤を含む層(バインダー層)の二層を積層したシート(基体シート)を製造し、三ないし五日間室温(一五から二三度)に保持し、そして、
② 基体シートの上にアクリルフィルム被覆シートを重ね、基体シートのポリエチレンテレフタレートフィルム側からエンボスロールによる加熱加圧を施すことにより、基体シートのガラスビーズ側表面にバインダー層が突出した交互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成しつつ、そこにアクリルフィルム被覆シートをガラスビーズ層から間隔をおいて接着させた後、引き続き、冷却ロールで室温まで冷却し、これを少なくとも一〇日間保持する。
(2) ニッカULGの製造工程は赤外線ヒータの下を通過させない点で西武ULGの製造工程(工程⑧)と異なるが、その他はすべて同様である。
5 原告らの行為
原告は、西武から、西武ULGなどのカプセルレンズ型再帰反射シートの事業を承継した平成三年八月一日以後、第二、一、4(二)(1)の方法で、ニッカポリマをして西武ULGを製造させ、これを日本、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、中国、韓国など主要国で、販売していた。
平成三年一一月七日、ニッカポリマは、ULGの製法を第二、一、4(三)(1)記載のとおりに変更して、ニッカULGを製造した。それ以後、原告は西武から護り受けた「西武ULGの在庫品」と、「ニッカポリマの製造に係る右ニッカULG」の両方を右各国で販売していた。
さらに、原告は、平成五年一月以降、ULGの製造販売を完全に中止して、製品をすべてULSに切り替え、日本においてこれを製造し、日本、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、中国、韓国など主要国において、ULSを販売している。
6 本件契約の内容
原告と被告は、平成四年四月二九日、「NCI(原告)が、特許国のいずれにおいても、3M(被告)が期間満了していない【G】特許をその国で有している限り、ULGシーティングを含む抵触再帰反射シートを製造、使用若しくは販売しないことに同意する。」との内容の契約を締結した。(契約書第二2条)。右契約書第一条の定義規定には、本件契約の対象となる「ULGシーティング」とは、「西武によって製造され、ウルトラライト・グレード・レトロフレクティブシーティングとして取引されるカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する。」(一条三項)と、「抵触再帰反射シート」とは、製造若しくは販売されている地域において期間満了していない【G】特許に包含されるカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する。」(一条四項)と規定されている。
また、「『特許国』とは以下の国を意味する:オーストラリア、オーストリア、カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、スウェーデン、スイス、英国及び合衆国。」と規定されている。
二 主要な争点
【甲事件】
1 原告製造方法(ULS)について
(被告の主張)
原告製造方法(ULS)は、以下のとおりである(なお、争いのある部分には傍線を付してある。)。
(1) (a) イソシアネート架橋剤を配合したアクリル樹脂層(サポート層)と、
(b) アルミ蒸着膜とアクリル樹脂組成物の薄膜によってほぼ半球面がおおわれた多数のガラスビーズを一方の表面に埋設した、加熱成形可能の熱可塑性アクリル樹脂を主成分とするバインダー層の二層が積層されたシート(基体シート)をポリエチレンテレフタレートフィルムの上にサポート層がポリエチレンテレフタレートフィルムと接するようにして、製造し、
(2) 基体シートの上にアクリルフィルム被覆シートを重ね、基体シートのポリエチレンテレフタレートフィルム側からエンボスロールによる加熱加圧を施すことにより、基体シートのガラスビーズ側表面にバインダー層が突出した交互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成しつつ、そこにアクリルフィルム被覆シートをガラスビーズ層から間隔をおいて接着させる再帰反射シートの製造法において、
(3) サポート層は架橋剤としてイソシアネートを含有し、サポート層に含有されるアクリル樹脂は水酸基を有し、
(4) バインダー層形成のためには、架橋剤を含有しない配合の、水酸基を含有するアクリル樹脂層をサポート層に積層した状態に約二〇日保持し、
(5) エンボスロールによる加熱加圧成形後、製造装置から取り外されることを特徴とする
(6) 被覆シートに接着する網目状の結合部組織の溶解性融解性が相対的に低下している再帰反射シートの製造法
(原告の反論)
原告製造方法(ULS)は、以下のとおりである(なお、争いのある部分には傍線を付してある。)。
(1) (a) イソシアネートにより架橋されたアクリル樹脂層(サポート層)と、
(b) アルミ蒸着膜とアクリル樹脂組成物の薄膜によってほぼ半球面がおおわれた多数のガラスビーズを一方の表面に埋設した、加熱成形可能の熱可塑性アクリル樹脂を主成分とするバインダー層の二層が積層されたシート(基体シート)をポリエチレンテレフタレートフィルムの上にサポート層がポリエチレンテレフタレートフィルムと接するようにして、製造し、
(2) 基体シートの上にアクリルフィルム被覆シートを重ね、基体シートのポリエチレンテレフタレートフィルム側からエンボスロールによる加熱加圧を施すことにより、基体シートのガラスビーズ側表面にバインダー層が突出した交互に交差している狭い網目状の結合部組織を形成しつつ、そこにアクリルフィルム被覆シートをガラスビーズ層から間隔をおいて接着させる再帰反射シートの製造法において、
(3) サポート層は架橋剤として唯一ヘキサメチレンジイソシアネートビュウレットタイプ架橋剤を含有し、サポート層に含有されるアクリル樹脂は水酸基を有し、
(4) バインダー層は架橋剤を含有しない配合により形成され、バインダー層に複数含有されるアクリル樹脂の一つは少量の水酸基を有し、
(5) エンボスロールによる加熱加圧成形後、成形されたシートは直ちに冷却ロールを用いて室温まで冷却され、そして製造装置から取り外されることを特徴とする
(6) 被覆シートに接着する網目状の結合部組織が可溶可融である再帰反射シートの製造法
2 構成要件B(三)、(四)の充足性
ULSの結合部組織(バインダー層)には、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質、すなわち、熱硬化性の架橋剤であるイソシアネートが含有されるか。
(被告の主張)
(一) 原告製造方法(ULS)では、サポート層に含有されるイソシアネートがバインダー層に拡散移動するため、加熱成形後のULSのバインダー層には未反応のイソシアネートが含有される。原告製造方法(ULS)においては、以下の理由から、サポート層に含有されるイソシアネートがバインダー層に拡散移動していると解される。
(二) 第一に、原告製造方法(ULS)では、ULSの中間製品は、エージング工程で長期間放置されるが、そのようにされるのは、サポート層からバインダー層にイソシアネートが拡散して移動する時間を確保するためと考えられる。
第二に、被告の実験分析によれば、原告製造方法(ULS)にあって、加熱成形により結合部組織が形成された段階においては、サポート層には、未反応のイソシアネート化合物が明瞭に検出された(乙一〇)。原告製造方法(ULS)では、サポート層とバインダー層を重ね合わせた(ラミネートした)後に、加熱も含めて約二〇日間もの長時間維持した上での加熱成形後でさえ、サポート層には明瞭に検出されるだけの未反応イソシアネート化合物が存在するのであるから、加熱成形前二〇日間維持される間、サポート層からバインダー層にイソシアネート化合物が拡散移動することは十分可能である。さらにエージングに先立つ熱処理工程も、この拡散移動を容易にしていると考えられる。
第三に、ULSのバインダー層を構成する重合体には、イソシアネート化合物と反応して硬化反応を起こすことのできる活性な置換基が存在する。原告がバインダー層におけるイソシアネートによる硬化反応を予定していないのであれば、このような置換基を存在させる理由はないはずである。
第四に、原告製造方法(ULS)において、サポート層とバインダー層の二つの層をコーティング後に貼り合わせた状態では、二つの層とも、溶剤にポリマーが溶解分散し、架橋剤も溶剤に溶解、混合しているのであるから、サポート層からバインダー層への拡散移動が起こり得ることは当然である。そして、エンボス加工に際し、バインダー層はガラス球の隙間を不規則に流動することになるから、架橋剤を多く含む層がトップフィルムと接触する面まで流れていき、結合部組織の被覆フィルムとの結合部にまで、イソシアネートを含んだバインダー層が拡散すると考えられる。
第五に、甲一六によっても、サポート層から同層とバインダー層の境界付近へイソシアネートの移動が生じていることが各種実験分析結果に基づき認められる(甲一五、一六、二〇)。すなわち、甲一六によれば、ULSについて、顕微赤外分光分析(FTーIR)を実施して、イソシアネートの分布測定をしたところ、バインダー層とサポート層の境界から一〇μmより遠いところにはイソシアネートの反応結果であるウレタン結合はみられなかったとある。しかし、同号証の写真を仔細に検討すると、支柱部(結合部組織)のバインダー層の厚さは三〇μmないし四〇μmしかないようにみえ、ガラスビーズの直径にほぼ等しい。バインダー層に十分な流動性があるとすれば、エンボス加工の際に、バインダー層は、サポート層がガラスビーズに衝突するところまで流れ、バインダー層中のイソシアネートを含む部分がガラスビーズの隙間を通って、支柱部の全体に分散混合する可能性を否定できない。同様に、甲二〇の七でも、加熱成形後に、厚さ五〇μmのバインダー層において、バインダー層中の下側から三〇μmまでイソシアネートの移行に基づく吸収が観察されている。加熱成形時のバインダー層の流動現象が均一ではあり得ないことを考えれば、イソシアネートの移行がさらに被覆フィルム側にまで及んでいると考えなければならない。
(三) そして、サポート層からバインダー層へ拡散移動したイソシアネートが加熱成形後のULSにおいて未反応の状態で存在していることは、甲二一及び乙二四で確認されている。
また、被告の各種実験では、加熱成形後にULSの結合強度が増大することが確認されているが、これは加熱成形後の未反応のイソシアネートによる架橋反応による硬化に基づくものと説明できる。
(四) 以上を総合すると、ULSのサポート層に含有されるイソシアネートがバインダー層に拡散移動し、加熱成形後も未反応のままで存在しているといえる。なお、仮に未反応のイソシアネートが存在しないとしても、架橋剤は必ずしもイソシアネートに限られず、その他のものがULSに架橋剤として用いられている可能性もあるし、その量も極少量で足りる。
よって、ULSの結合部組織(バインダー層)には、「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」が含有されるといえ、原告製造方法(ULS)の構成(4)は、本件発明の構成要件B(三)、(四)を充足する。
(原告の反論)
(一) ULSのバインダー層には、もともと、イソシアネートが含まれていなかったことは明らかであり(甲一三、一八の一及び二、一九)、被告もこの点は認めている。そして、原告製造方法(ULS)においては、以下の理由から、加熱成形直前に、イソシアネートの反応は完了し、加熱成形後のULSには、サポート層及びバインダー層のいずれにおいても未反応のイソシアネートは存在していないと解される。
甲二〇の一では、原告製造方法(ULS)では、加熱成形の時点で、イソシアネートの反応は完了し、バインダー層には未反応のイソシアネートは既に存在せず、加熱成形後も未反応のイソシアネートが存在しないことが報告されている。すなわち、甲二〇の四の二でFTーIR分析を実施したところ、加熱成形直前のULSのサンプルのバインダー層とサポート層ともに未反応のイソシアネートは存在せず、加熱成形の前にはイソシアネートの反応は完結していることが確認された。
裁判官立会の下での原、被告の共同実験の際、原告工場から採取された加熱成形直後のULSのサンプルについて、バインダー層及びサポート層のFTーIR分析を実施したところ、加熱成形後のULSのバインダー層及びサポート層いずれにも未反応のイソシアネートが全く含まれていなかったことが確認されている(甲三五)。
(二) 被告は、サポート層からバインダー層へイソシアネートが移行し、ガラスビーズの隙間をぬってバインダー層の上層部(被覆フィルムとの接合部)にまで流れ込むと主張するが、以下のとおり失当である。
すなわち、甲一六のイソシアネート分布測定報告書によれば、ULSのバインダー層において、架橋反応の結果生じるウレタン成分が検出されるのは、バインダー層支柱部(加熱成形により加圧を受けて被覆フィルムと接触している部分。厚さ約五〇μm)、カプセル部(厚さ約七五μm)ともに、サポート層との界面から約一〇μm以内の領域に限られ、しかもその量はわずかであった。したがって、仮にサポート層からバインダー層にイソシアネートがわずかに移行することがあっても、被覆フィルムとの結合部組織にイソシアネートが含まれていないことは明らかである。
そして、加熱成形直前のULSのバインダー層中にイソシアネートの反応生成物を示すウレタン結合が認められたのは、サポート層との界面から一〇μmの範囲であった(甲二〇の六)。また、加熱成形直後のULSについては、約五〇μmの厚みに圧縮された支柱部のバインダー層のうち、被覆フィルム側上部の少なくとも約二五μmの厚みの部分にはウレタン結合が存在しないことが確認されている(甲二〇の七)。さらに、裁判官立会の下で原告工場から採取された加熱成形直後のULSのサンプルについて、バインダー層及びサポート層のFTーIR分析を実施したところ、バインダー層とサポート層が接触する下層一〇μmの部位にはイソシアネートの反応により生成したウレタン結合が検出されるが、バインダー層の他の部位からはウレタン結合が全く検出されないことが明らかにされた(甲三五)。
右の事実によれば、加熱成形直前及び直後のULSにみられるウレタン結合は、被覆フィルムと結合部組織の界面にまでは及んでいないことが明らかであるから、被告の前記主張は理由がない。
(三) 以上から明らかなように、加熱成形直前に既に、イソシアネートの反応は完了し、加熱成形後のULSのサポート層及びバインダー層いずれにおいても未反応のイソシアネートが検出されず、硬化可能な架橋剤は存在しない(なお、ULSにおいて使用されている架橋剤にはイソシアネートしか考えられないので、その意味でも結合部組織が熱硬化性樹脂からなるということはできない。)。
よって、「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」は存在せず、原告製造方法(ULS)の構成(4)は本件発明の構成要件B(三)、(四)を充足しない。
3 構成要件B(四)の充足性(その一)
原告製造方法(ULS)において、放射線によって同結合部組織をその場で硬化させているか。
(被告の主張)
(一) 構成要件の解釈
本件明細書には、本件発明は、放射線を用いて結合部組織を硬化させるものであるが、放射線には、電子線放射線(エレクトロンビーム)、紫外線、核放射線、極超短波放射線及び熱があることが記載されていること(明細書の「発明の詳細な説明」7欄32行ないし37行)、実施例11にも熱による硬化の例が記載されているように、放射線には熱が含まれる。
そして、本件明細書では、熱を用いて硬化する場合、必要な熱の温度について何ら限定されていないから、例えば、室温で硬化する結合剤物質については、室温以上で製品を保存することが、放射線により硬化させる処理に該当するというべきである。
(二) 構成要件の充足性
原告製造方法(ULS)においては、加熱成形後二〇日間、室温に保管する工程が存在するところ、この室温保管の結果、ULSは、加熱成形後の室温での保管によりバインダー層の溶解性が低下したといえるし(甲二三)、乙九によればULSは加熱成形後において剥離強度が増大することが明らかである以上、これらの物性の変化は、加熱成形直後に存在する未反応のイソシアネートが室温以上での保存という硬化操作により架橋反応を生じたためであり、加熱成形後の二〇日間の室温保管が「放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて」という要件に該当するといえる。
よって、原告製造方法(ULS)の構成(5)は、本件発明の構成要件B(四)を充足する。
(原告の反論)
(一) 構成要件の解釈
本件発明の特徴は、熱硬化性の結合剤物質を加熱成形した後に、放射線を用いて積極的に硬化させ、右硬化手段によって、結合剤物質(基体)の結合部組織と被覆フィルムとの接着力を増加させることにある。「放射線によって結合剤物質をその場で硬化させる」こと(構成要件B(四))が必須の要件である。このことは、本件特許権に対する無効審判請求事件において、被告が公知技術との相違点を明確化するために述べていることからも明らかである。
(二) 構成要件の充足性
原告製造方法(ULS)では、加熱成形直前においては、イソシアネートの反応は完了し、サポート層、バインダー層いずれにおいても未反応のイソシアネートが検出されず、加熱成形後には、硬化可能な架橋剤は存在しないこと、加熱成形直後において、既に結合部組織とトップフィルムとの接着力は完全であり、その後接着力の増大は認められないことに照らすと、原告製造方法(ULS)において、放射線を用いて積極的な硬化手段を行うことによって同結合部組織をその場で硬化させることは不可能であり、このような工程は想定されていない。
よって、原告製造方法(ULS)の構成(5)は、本件発明の構成要件B(四)を充足しない。
4 構成要件B(四)の充足性(その二)
原告製造方法(ULS)は、硬化させて不溶性で不融性の状態としているか。
(被告の主張)
(一) 構成要件の解釈
本件発明の構成要件B(四)における「不溶性で不融性の状態」とは、相対的な概念であり、絶対的な不溶性、不融性と解すべきではない。
「不溶性」、「不融性」とは、常識上の意味であって、いかなる場合にも、いかなるものにも全く溶けないという意味ではなく、加熱成形の時点に比して、溶解しにくく、融解しにくくなるという意味である。このことは、本件明細書中の「発明の詳細な説明」の「本明細書では、『硬化(curing)』は硬化した物質の比較的不溶解性及び不融解性を生じる架橋又は連鎖伸長反応のような構成成分の化学反応を表現するのに使用する。」(4欄36行ないし39行)の記載からも明らかである。すなわち、本件発明における硬化による不溶性、不融性は、硬化反応により網状構造になることによるものだけではなく「連鎖伸長反応」すなわち分子量の増大によるものを含む。後者の場合、一般に溶解性は失われるのではなく、溶解速度が遅くなるだけである。また、分子量が増大した線状重合体は融解しにくくなる。このように、本件発明における硬化反応は、溶解性・融解性に差異を認める程度の分子量の増大ないし架橋反応が存在することにより、結合強度の増大がもたらされる程度の硬化反応が存在すればよく、その反応によって生ずる程度の溶解性及び融解性の低下があれば十分であると理解すべきである。
(二) 構成要件の充足性
被告は、相対的な不溶性について、各種実験により確認している。それによると、加熱成形後、ドライアイス中に保存したULSのサンプルと、室温に保存したULSのサンプルを、それぞれ溶剤に浸して、溶解による変形を観察したところ、ドライアイス中に保存したサンプルの方が容易にかつより速やかに溶解し、形を失うことが観察され、室温で硬化されたサンプルの方が相対的不溶性を有することが判明した。なお、相対的な不融性を直接確認する実験は行われていないが、バインダー層に硬化反応が起こっていることは明瞭であるから、融解性も相違していることは当然であるといえる。
被告の実施した溶解性実験(乙九)は、溶解速度の差を視覚的に観察するもので、甲二三のように、溶解性物質等の重量パーセントを測定することにより溶解性分析を行うものではないが、溶解速度に視覚的な差が存する場合も、本件発明における相対的な溶解性の差異が存在することを否定することはできない。この点について、原告は、溶解性試験(乙九)に対し、ULSのカプセル中に溶剤が侵入する速度を測定しているので適切でないと批判するが、カプセル中に溶剤が侵入することは、バインダー層が溶解して溶剤の侵入を許したことを意味し、結局バインダー層の溶解を意味するものと解することができるから、批判は当たらない。
逆に、原告が実施した分子量分布測定(甲二三)は、溶解したポリマーのみを測定の対象とする点で適切ではない。加熱成形後の保存により、溶解しないポリマーの量が変化するのであるから、溶解しないポリマーの分子量を測定しなければならないはずである。また、甲二三のデータ自体に着目すると、加熱成形工程後における溶解性の減少が示されているといえる。原告の実施した五種類の溶解性の測定のすべてにおいて、加熱成形直後のサンプルに比べ、二〇日経過したサンプルは溶解性のポリマーが減少し不溶解性のポリマーが増大していることからすると、相対的な不溶解性が裏付けられているといえる。
裁判官立会の下で、実施された溶解性試験では、加熱成形直後のサンプルと室温保存サンプルの比較において、室温保存三二日で、溶解性が低下することは明らかであり、同機会に実施された原告の溶解性試験でも、製造後の時間の経過により硬化が進行することが判明している。
原告は各種溶解性試験を実施して、絶対的不溶性、不融性の状態になっていない旨主張している。しかし、原告の実施した溶解性試験で溶剤が白濁した事実からは、バインダー層が完全には不溶性ではなく、溶剤によって一部溶解若しくは高度に膨潤して顔料を全部保持することはできなかったことが明らかになったに過ぎず、バインダー層にある程度の硬化反応が起きているかどうかまで明らかになったとはいえない。
さらに、原告はエンボス線が形成された部分に再度エンボスをかけることにより、融解性をみる試験も実施しているが、①プレス実験の条件が通常のエンボスロールと同じ条件であることが示されていないこと、②単に、新たなエンボス線が得られただけでは、相対的に架橋が進んでいるかどうかの判断はできないこと、③再エンボスにより加工されるのは、最初の加熱成形時に押圧を受けず、流動変形していなかった部分であり、この部分と最初の加熱成形時に押圧を受けてバインダーが流動して架橋剤の分布状態も変わった可能性のある結合部組織部分とを同様に考えることはできないことなどから、適切な試験とはいえない。
以上から、原告製造方法(ULS)では、硬化の結果、硬化前と比較して不溶性で不融性の状態になっているといえるから、原告製造方法(ULS)(6)は、本件発明の構成要件B(四)を充足する。
(原告の反論)
(一) 構成要件の解釈
本件明細書の「その場で硬化させて不溶不融の状態にする」との記載によれば、本件発明における不溶性、不融性は、絶対的な不溶性、不融性を指すことが明らかである。すなわち、硬化が大きく進行して不溶不融といえる状態に達していなければならない。このように解さなければ、「放射線によって硬化しうる」材料による「シートの結合強度の意外な強化」という現象は生じ得ないのである。本件明細書に「比較的」と記載されていても、それは一〇〇パーセントでなくてもよいという意味のはずである。
被告は、可溶性又は可融性が相対的に減少すれば不溶、不融であると主張するが、本件明細書の特許請求の範囲の記載の文言に反するので失当である。
(二) 構成要件の充足性
以下に述べるように、各種試験の結果、ULSが不溶、不融でないことは明らかである。
デックリサーチセンター株式会社が行ったULS製品の溶解性試験分析結果報告書(甲五)によれば、ULSを有機溶剤に浸漬させると、すべてについて、バインダー層が溶けて、酸化チタンが隔離し、溶液が白濁したことが認められ、ULSのバインダー層は溶解性があることが確認された。なお、被告製品(本件特許権の実施品と推認される、以下同じ)は白濁しなかった。
同じく、デックリサーチセンター株式会社が行ったULS製品の熱溶融性試験報告書(甲六)によれば、ULSと被告製品に対し、格子状の金型を押し当てて熱成形し、その後、バインダー層をピンセットでつまみ被覆フィルムとバインダー層の剥離を試みると、両製品とも当初から存在した網目模様の支柱部分は剥離しなかった。他方、熱成形したULSの格子状の支柱部分は剥離した。被告製品は剥離しなかった。これらのことから、ULSのバインダー層が熱溶融性を有することが認められる。
また、ULSの溶解性及び溶融性試験(甲一二)では、①溶解性試験において、すべてのULSのサンプルについて、溶剤が白濁し、白濁液から取り出したトップフィルムの断片はエンボス線の跡が残るのみで、全く透明であること、サポート層は、トップフィルムと完全に分離し、表面に柱状の組織の全くない平滑なものであることが目視により観察され、その結果、ULSのサンプルが完全に溶解していることが確認され、また、②溶融性試験において、ULSに格子状エンボス刃による熱プレスを行ったところ、製造時に既に形成されたエンボス線部分(結合部組織)の上も、エンボス線が形成されていなかった部分と全く同様に新しいエンボス線が形成されることが確認され、ULSの結合部組織の溶融性が明らかにされた。
さらに、甲二三では、ULSの溶解性物質等の重量パーセントを測定することにより溶解性分析を行い、加熱成形直前、直後、加熱成形後一〇日目、加熱成形後二〇日目の各サンプルについて、溶解性のポリマー又はバインダー層の平均重量パーセントを測定したところ、すべてのサンプルにおいて溶解性に本質的な減少がないことが確認された。また、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPCテスト)を用いて、同様のサンプルについて、バインダー層の溶解したポリマー分子量分布分析を行った結果、いずれのサンプルについても分子量分布に違いがなく、重量平均分子量が増加していないことが確認された。このことから、不溶性、不融性について、被告の主張するように、相対的不溶性及び不融性と解したとしても、相対的不溶性、不融性も認められない。
裁判所立会の下で行われた共同実験での原告実施の溶解性試験(甲三二)によっても、「加熱成形直後のULS」、「三二日間室温保管したULS」、「ULSの市販品」のいずれも、溶剤に溶解することが明らかとされ、このことによっても、ULSについては、「不溶性」を有しないことが明らかとされた。同じ機会に、被告も溶解性試験を実施しているが(甲三三)、同試験は定量的値を出すものではなく、また、硬化の進行の有無自体を見るものでもない。その実験手法にしても、同じ結果を示すはずのサンプルですら、全く結果が異なるなど、およそ比較を論じることができるものではなかった。
被告がその主張の根拠とする、溶解速度比較実験(乙九及び甲三三)は、結合部組織が溶解すること自体が証明されているので、ULSは不溶性であるとはいえないはずである。また、溶解速度比較実験(乙九)は、定性的な実験であって、架橋反応、連鎖伸長反応の有無の証明のための実験とはいえない。その上、同実験は、被覆フィルムからの溶剤侵入速度及びサポート層からの溶剤侵入速度を主に測定しているにすぎず、被覆フィルムとサポート層に保護された結合部組織の溶解速度を測定しているとはいえないので、相対的な溶解性の差異も示すものとはいえない。室温保管したサンプルに比較して、ドライアイス保管したサンプルの方が溶剤の進入速度が速かったということが示されただけである。被告の試験はいずれも、ULSが不溶性であることを証明するものとはいえない。
よって、原告製造方法(ULS)では、硬化の結果、不溶性で不融性の状態になっているとはいえず、原告製造方法(ULS)(6)は、本件発明の構成要件B(四)を充足しない。
5 構成要件B(五)の充足性
被覆シートに対する結合強度を増大させているか。
(被告の主張)
(一) 構成要件の解釈
本件発明は、被覆シートと基体シートの間の結合を強化することにその目的があるのであって、被覆シートと接着剤層(結合剤層)の界面のみの強度の増大に目的があるのではない。すなわち、接着剤層は、界面で破壊しようと、層の中間で破壊しようと、破壊すれば結合が失われる。二つの接着される対象物と中間の接着剤層が一つのシステムとしてどの程度破壊しにくいかが、技術的に意味ある結合強度であるというべきである。本件発明の実施例においても、被覆シートが基体シートと剥離するか否かを実験しているのであり、特に界面での剥離強度を測定しているのではない。 その意味で、本件発明における結合強度の増大とは、界面部だけではなく、結合部組織自体の結合強度の増大を意味するものと解されるべきである。
結合強度の増大とは、本件明細書に詳述されているように、公知技術(【H】特許)で得られなかった耐久性、すなわち、製品を道路標識として使用した場合の屋外の日光や風雨に対する耐久性が増大することを最終的な目的としている。したがって、本件発明における本来の意味の結合強度の増大は、右耐久性の増大によって評価されるものである。本件公報の実施例では、加熱成形後の硬化反応により引き剥がし試験で良好な結果が得られれば、屋外使用における耐久性の向上が期待されるとの観点から、それだけでも本件発明の「結合強度の増大」があったものとしている。
(二) 構成要件の充足性
ULSでは、結合剤物質の下側に架橋剤が多く配合されているところ、被覆フィルムとの界面部分には架橋剤が存在しないとの原告の分析結果に従ったとしても、剥離が結合剤物質の中間部分で生じやすいとの原告の実験結果(甲二〇)からすれば、結合剤物質の下側に架橋剤を配して、中間部分を強化し、その部分の結合強度の増大を図ることは本件発明の構成要件を充足する。
そして、乙九では、ULSは、加熱成形後に、室温のみで(低温にさらすことなく)保存した場合に、結合部組織の結合強度が顕著に増大することが確認されている。乙九の実験結果については、ドライアイスを用いたものにつき、ドライアイスがULSの剥離強度を低下させることは事実として認めざるを得ないとしても、少なくともドライアイスを使用せずに加熱成形直後のサンプルと室温保存に供したサンプルとの間での剥離強度の比較をしている限りでは有用な実験であり、そのデータも無視できない。
さらに、被告は、裁判所立会の下で実施された共同実験の際に使用したサンプルについて、より強い硬化条件を与えてみたところ、ULSの結合強度が加熱により増大することが認められた(乙一九)。また、ドライアイスの作用を利用して剥離強度の増大を確認する実験を行ったところ、架橋が進んでいるサンプルほどドライアイスの影響を受けにくく、剥離強度の低下の程度が小さかったことが確認された。
右の実験結果を総合すれば、ULSの結合部組織が、加熱により硬化し、剥離強度の増大を示すことが認められる。
ところで、裁判所立会の下での共同実験の際に実施した剥離強度試験(甲三一)では、加熱成形直後のULSサンプルとその後に三二日間室温保存したULSサンプルとの間で剥離強度の変化の有無が明らかにならなかった。しかし、そのことは、室温保存により剥離強度が増大しないことを意味するものではない。
他方、原告が実施した剥離強度試験については、基体シートとアルミ板の接着剤との接着部分の破壊される強度が加わった値を合わせて測定している点で妥当でない。
なお、仮に、右のような意味での剥離強度の増大が認められないとしても、本件発明における「結合強度の増大」は、公知技術(【H】特許)では得られなかった耐久性が得られること(屋外使用による耐久性向上)を意味するものであるから、他の証拠によりULSが本件発明の要求するレベルの耐久性を有していることが確認されれば足りる。ULS製品が本件発明に劣らない耐久性を有していることは原告も争わない事実であるし、乙八によれば、ULS製品は三六か月の屋外耐候性試験において、被覆シートの剥離を生じないことが判明していることからしても、原告製造方法(ULS)は、本件発明の構成要件である「結合強度の増大」の要件を満たしているということができる。
よって、原告製造方法(ULS)(6)は本件発明の構成要件B(五)を充足する。
(原告の反論)
(一) 構成要件の解釈
本件明細書の記載から明らかなように、結合部組織自体の硬化による強化は公知技術であるから、本件発明の作用効果には含まれない。本件発明は、加熱成形後において硬化可能な物質が被覆シートと接する結合部組織の中に存在し、それを硬化させて不溶不融とすることで、被覆フィルムとの接着性を大幅に向上させることにあるから、結合強度が増大する部分については、「結合部組織の中の被覆フィルムと結合部組織との界面部分」であると解すべきである。
(二) 構成要件の充足性
以下に述べる実験結果から明らかなとおり、ULSは、加熱成形後、結合部組織を硬化させて不溶性、不融性の状態にすることにより、被覆シートに対する「結合強度を増大」させていることはない。
(1) ニッカライトULS表面保護フィルムの剥離強度測定報告書(甲二〇の九の二)によれば、ULSサンプルを引っ張り試験機にセットし、一部剥離した被覆フィルムを九〇度方向に引き剥がす時の剥離強度を測定したところ、加熱成形直後に測定したサンプルと、加熱成形後九五日ないし一〇〇日間室温で保存したサンプルとの間で、剥離強度の上昇は認められなかった。
また、ULSの加熱成形直後の剥離強度測定報告書(甲二〇の九の三)によれば、加熱成形直後のULSサンプルを引っ張り試験機にセットし、一部剥離した被覆フィルムを九〇度方向に引き剥がし、剥離後のサンプルを観察したところ、バインダー層の結合部の上部は被覆フィルムと強固に結合して剥離せず、破壊されるのは、支柱(結合部組織)の下部であることが確認された。
さらに、裁判所立会の下で実施された原告及び被告双方の剥離強度試験によっても、ULSは加熱成形直後に既に十分な剥離強度を有し、その後室温保管で三二日間保管しても剥離強度は増大していなかった(甲三二)。
これらの結果から、ULSは、加熱成形直後において、既に被覆フィルムに対する優れた接着強度を示しており、その後の時間の経過によって変化することもない(甲二〇の一、九)。したがって、加熱成形後、結合部組織を硬化させて不溶性、不融性の状態にすることにより、被覆シートに対する「結合強度を増大」させていない。
(2) 被告は、原告が実施した剥離強度試験は、基体シートとアルミ板の接着剤との接着が破壊される強度が加わった値を合わせて測定している点で妥当ではない旨主張する。しかし、結合部組織の剥離強度の測定値に、接着剤の一部のアルミニウム基板に対する結合強度が加わった値として測定されるだけで、試験結果に影響を与えるわけでないので、被告の主張は当たらない。
被告は、乙九において、ULSを室温のみで保存した場合、時間の経過により剥離強度の増大が明瞭に示されていると主張する。しかし、サンプル中には、剥離強度がいったん増大した後に、さらにより長期間の室温保存を継続したことにより、剥離強度が低下しているサンプルもあれば、有意な増大も生じたとは認められないサンプルもある(乙一二)。また、ドライアイス保管を経て室温保存された直後のULSのサンプルを用いた剥離強度試験では、著しい温度変化に基づく気圧変化の結果、ドライアイス保管から取り出した直後のULSシートの構造に多大な影響を与え、その結合強度を大きく低下させ、その性能を著しく低下させてしまうことも考えられるので(甲二〇の九)、このような実験は意味がなく、被告の主張は失当である。
また、被告は、裁判所立会の下で採取されたサンプル等を用いて、独自に剥離強度試験を実施しているが(乙一九)、試験方法、結果の開示もない上、裁判所立会の下で実施された共同実験の条件を変更した独自の方法で実施しているため、従来のデータとの相互比較もできず、信用もできない。しかも、被告試験は、六五度の温度で五五三時間熱処理して、向上した剥離強度を測定したものであるが、その熱処理は、本件公報の実施例11に記載されたものの約三五倍にも及んでいるにもかかわらず、得られた剥離強度は約三八分の一(実施例11の約一三三〇分の一)に過ぎない。この程度の剥離強度の増加が、本件発明における「結合強度の増大」とはいえないことは明らかである。
(3) 以上のとおり、原告製造方法(ULS)では、加熱成形後、結合部組織を硬化させて不溶性、不融性の状態にすることにより、被覆シートに対する「結合強度を増大」させているとはいえないから、原告製造方法(ULS)(6)は本件発明の構成要件B(五)を充足しない。
6 原告製造方法(ULS)の構成(5)は、本件発明の構成要件B(四)と均等か。
(被告の主張)
仮に、加熱成形後の室温での保存が、放射線による積極的硬化操作に該当せず、本件発明の構成要件B(四)における「加熱成形後の硬化」の要件を文言上充足しないとしても、原告製造方法(ULS)の構成(5)は、右B(四)と均等の範囲に含まれる。
すなわち、本件発明の本質的部分は、公知技術の【H】特許に対し、結合部組織(基体シートと一体)として硬化性の樹脂を使用し、高い耐久性を有する再帰反射シートを得ることにある。原告製造方法(ULS)は、正にこの特徴を生かして、本件発明と同様の作用効果を達成している。
原告製造方法(ULS)では、架橋剤を主として、基体シートの底部側(「サポート層」及び「バインダー層の下部側」)に配しているため、基体シートの底部側において架橋剤が反応した後でも、その上部に位置する結合部組織の加熱成形は可能であるし、既に架橋剤の大部分が反応しているため、加熱成形後の剥離強度の変化も小さくなるという点で本件発明との差異が生じると解する余地がある。
しかし、本件発明が、加熱成形後に硬化反応を行うとしているのは、最終的に硬化された結合部組織を得るための、最も常套的な手段を教示したものであって、異なる部分は発明の本質的部分ではない(非本質部分)。原告製造方法(ULS)は、加熱成形後に室温での保存以外に積極的な硬化操作を行っていないが、これは同製造方法では、加熱成形前に実質的な架橋反応が生じることにより、加熱成形の時点で既に高い剥離強度が得られているからである(置換可能)。実質的に本件発明の作用効果が得られる原告製造方法(ULS)にあって、本件発明との見かけ上の相違点を示すために、加熱成形前に大部分の架橋剤の反応による硬化を生じさせる程度のことは、当業者であれば容易に想到することができる(置換容易)。
以上から、加熱成形後の積極的硬化操作が予定されていない原告製造方法(ULS)の構成(5)は、本件発明の構成要件B(四)と均等ということができる。
(原告の反論)
本件発明は、公知のカプセルレンズ型再帰反射シートの耐候性を向上させるために、加熱成形後にこの結合剤物質を硬化して不溶不融にすることで被覆フィルムとの結合強度を大幅に増加させるものである。本件発明と原告製造方法(ULS)は溶解性及び溶融性の点で決定的に違うことに端的に示されるように、ULSの耐候性向上のメカニズムは本件発明と全く異なるものであり、均等論適用の余地はない。
【乙事件】
7 本件契約の対象
原告は被告に対し、本件契約によって、ニッカポリマにより製造された西武ULG及びニッカULGの製造等をしない旨を約したか。
(被告の主張)
本件契約書には、原告が製造等をしない旨約した対象製品として、「西武によって製造され、ウルトラライト・グレイド・レトロフレクティブシーティングとして取引されたカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する」と記載されている。右の趣旨は、西武が製造したULGに限る趣旨ではなく、現に西武が製造していたシーティング製品の種類を表現したにすぎない。
また、本件契約は、西武の製造販売していたULGシートが米国及び英国の裁判所で【G】特許を侵害すると認定されたという経緯の下で、西武の事業を承継した原告が、被告との間で締結したものであって、そのような契約締結に至る経緯を考慮するならば、西武以外が製造したULGを含まないと解釈することはできない。
したがって、原告は、本件契約により、西武が製造したULGはもとより、ニッカポリマが製造し原告が販売したULGを、製造、使用、販売しない旨約したのであるから、原告の行為は本件契約に違反し、これによって被告に生じた損害を賠償する義務を負う。
(原告の反論)
原告が、本件契約において約束したのは、「ULGシーティングを含む抵触再帰反射シート」を製造販売しないことである。本件契約において、「ULGシーティング」とは「西武によって製造され、ウルトラライト・グレイド・レトロフレクティブシーティングとして取引されたカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する」と、「抵触再帰反射シート」とは「製造若しくは販売されている地域に於て期間満了していない【G】特許に包含されるカプセルレンズ型再帰反射シート」と、それぞれ定義されている。したがって、①西武によって製造されたのではないシート、又は、②本件発明の技術的範囲に属しない再帰反射シートは、いずれも本件契約の対象外である。
本件契約は、米国法人である被告との間で締結され、しかも被告自身が原文を作成したものであり、契約書に記載されていない事情を前提とした独自の解釈は失当である。
以上のとおり、原告らがULGを製造販売したことについて損害賠償義務が発生するかは、原告製造方法(ULG)が本件発明の技術的範囲に属するか否かによることになるが、後記のとおり、原告製造方法(ULG)は本件発明の技術的範囲に属しないので、原告は、損害賠償義務を負わない。
8 本件契約の有効性
(原告の主張)
本件契約は、独占禁止法に違反し、無効である。
すなわち、ULGを含む、交通標識等に使用される反射シートについて、被告の日本における市場占有率は八〇パーセントを超える(セル状シートに限定すれば九〇パーセントを超える。)。日本では、原告以外には、被告及び訴外株式会社紀和化学がその製造販売をしているだけである。このような独占事業者である被告と、そのほぼ唯一の競争事業者である原告との間で、原告がULGの製造販売を行わないことを内容とする契約を締結することは、独占事業者が他の事業者の事業行為を排除する行為(いわゆる私的独占)に該当し(独占禁止法二条五項)、それによって競争が実質的に制限されるから、同法三条に違反する。
独占禁止法二三条は、特許法による権利行使と認められる行為には同法の規定は適用しないと規定しているが、これは、客観的にみて当該特許が有効で、かつ、その対象となったものが同特許の技術的範囲に含まれる場合に限られるところ、本件のように、本件特許権に無効事由が存在する場合、又は、契約の対象物であるULGが本件発明の技術的範囲に含まれない場合には、同条の適用はない。
(被告の反論)
本件契約は、ULGに関し、世界的に争いが係属していた時点において、原告(直接的に被告と争っていたのは西武であった。)と被告が和解契約として締結したものである。和解契約が適法に成立したときは、和解の効力を争えないとするのが、民法六九六条の趣旨である。本件訴訟において、原告が、本件特許の有効性を争い、本件契約の効力を争うことは許されない。
9 構成要件(四)、(五)の充足性
加熱成形後、バインダー層中に、未反応のイソシアネートが存在するか。
(被告の主張)
原告製造方法(ULG)において、加熱成形に至るまでの間、バインダー層に架橋剤が含まれていたことは当事者間に争いがない。
そして、甲二一、乙事件の甲九(乙事件で提出された証拠については、上記のとおり表記する。以下同じ。)、乙二五によれば、ULGの製造工程では、加熱成形後においてバインダー層中に未反応のイソシアネート架橋剤が存在していること、その量も加熱成形後において実質的に硬化を生ぜしめるに足りる量であること、加熱成形後一〇日の間にイソシアネート架橋剤の反応が存在したことが確認されている。
原告が主張の根拠とする甲四三の三の実験のデータは、実際のバインダー層とイソシアネートと反応する水酸基を含まないバインダー層(モデルバインダー層)との、赤外スペクトルを比較することにより、加熱成形前のバインダー層中に残存しているイソシアネートを定量したもののようであるが、同実験結果におけるモデルバインダー層のイソシアネート量が、被告による赤外スペクトルの分析結果に比較して多すぎ、サポート層(実際はイソシアネートの含有量がバインダー層の一〇倍ある。)のモデルであるとも考える余地があり、そうだとすれば、実際のバインダー層に含まれる未反応イソシアネート基の量は甲四三の三の一〇倍あるいは、少なくとも数倍はあるはずであり、それは加熱成形後の実質的硬化の進行を裏付けるに足りる量といえる。原告の甲四三の三に基づく主張は妥当でない。
以上から、加熱成形後のULGのバインダー層中には、未反応のイソシアネートが存在するので、原告製造方法(ULG)は、いずれも本件発明の構成要件(四)、(五)を充足する。
(原告の反論)
原告製造方法(ULG)においては、加熱成形後に、未反応のイソシアネートがバインダー層中に存在していない。
ULGのバインダー層中のイソシアネートはバインダー層組成物に対して、一・三重量パーセント(バインダー層の樹脂に対しては三・〇重量パーセント)に過ぎず、本件公報に具体的に開示されている架橋性化合物の量(一三ないし五〇重量パーセント)と比較して著しく少量である(甲四三の一)。しかも、FTーIR分光分析によるバインダー層中のイソシアネート基濃度の定量分析によれば、加熱成形よりも三ないし五日以上も前に行われるガラスビーズをバインダー層の中に埋め込む工程の時点で、バインダー層中のイソシアネート基の九四パーセントが既に反応していることが確認されている(甲四三の三、四四)。さらに、その後加熱成形工程までの間にさらにイソシアネートは減少する。このように、加熱成形後のバインダー層中の残存イソシアネートの濃度は、極めて低いので、いかなる有意の硬化も起こり得ない。したがって、本件発明が予定している加熱成形後に硬化させて被覆シートとの接着性の増大に寄与する架橋剤は、加熱成形後の時点では実質的に存在していないというべきである。
また、【I】教授立会の下で実施された、ニッカポリマ栃木工場における実験では、加熱成形から一三か月後でさえ、ULGは最初の加熱成形と同様の条件で再加熱成形できることが確認されている(甲四三の五の六)。同じく加熱成形から一三か月経過後のULGを複数の溶媒に入れて振とうしたところ、被覆シートは完全に溶解し、サポート層はほとんど変化がなかったものの、バインダー層は、厚さが約三〇ないし四〇パーセント減少することが確認されている(甲四三の五の一)。これらの結果は、バインダー層に添加された架橋剤量が少量であるため、架橋反応によって得られる架橋の度合が低く、ULGのバインダー層は溶解性、溶融性を維持していることを示している。このような実験結果からも、ULGにはそもそも微量のイソシアネートしか添加されていないことが明らかである。
以上のとおり、加熱成形後のULGのバインダー層には、実質的に硬化可能な物質が被覆シートと接する結合部組織の中に存在しないので、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(四)、(五)を充足しない。
10 構成要件(五)の充足性(その一)
原告製造方法(ULG)においては、その場で硬化させる工程が存在するか。
(被告の主張)
本件発明は、加熱成形後に「結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させ」ることを要件としている(「その場で」は、英語の「in situ」の訳語であり、それまでの状態を変更することなく次の操作を行うことを意味する。乙一三、乙事件の乙八)。
本件発明は、硬化性及び熱可塑性を有する重合体を加熱成形し、既に結合部組織が形成されて製品の形が完成しているシーティングについて、さらに結合部組織中での硬化反応を起こさせるものである。この特徴を特許請求の範囲中に「その場で硬化させる」と表現したのであるから、右意義は、「結合剤が結合部組織に成形され、結合部組織として自立形態にある状態のままで」との趣旨で理解すべきである。
「その場で硬化させる」とは、加熱成形を行った工場の同じ場所で引き続き操作を行うことを意味するように解する余地もあるが、発明の内容に即して考えれば、加熱成形されたシーティングにつき、結合部組織の硬化をいつどこで行うかが本質的な意味を有しないことは明らかであり、工場内の場所や時間の問題ではない。原告の主張は、加熱成形後、加熱成形を行った工場の同じ場所で、直ちに硬化させる操作を行うことが必要だとの前提に基づいているが妥当でない。
他方、ULGのバインダー層及びサポート層に架橋剤(硬化剤)としてイソシアネートが含まれていたことは争いがない。イソシアネートは、室温で架橋反応が進行する物質である。室温反応性の架橋剤を使用する場合、室温程度の熱に加熱成形後の製品をさらすことが、すなわち放射線を施して硬化させる操作に該当する。
よって、原告製造方法(ULG)は、「その場で硬化させる工程」を含むので、本件発明の構成要件(五)を充足する。
(原告の反論)
「その場で」に対応する「in situ」は、「前工程の直後、又は同時に、前工程と同じ場所で行われる」ことを示しているから(乙事件の甲九の四)、「その場で」とは、「加熱成形後直ちに又は引き続き」というごく短い時間の間隔で次の操作を行うことを意味すると解すべきである。
仮に、被告の主張するように、「その場で」を「自立した状態で」という意味に解すれば、本件特許においては、加熱成形によって、綱目状組繊が自立した状態のものになることを前提としているのであるから、加熱成形の後に行われるいかなる硬化も「自立した状態」での硬化ということになり、特許請求の範囲の記載が意味を持たないことになる。
次に、公知の【H】特許の明細書には、熱硬化性の成分を含んだ結合剤を使用した再帰反射シートが開示されている。常温で硬化可能な架橋剤を用いた場合、室温での放置も本件発明における「その場での硬化」といえると解すると、【H】特許の実施においても、「結合剤が結合部組織として自立状態にある状態のままで(結合部組織と変形したりせず)架橋反応させる」工程が存在することになり、本件特許は新規性を有しないことになる。本件特許公報中の「発明の詳細な説明」欄には、加熱成形後の単なる放置等の消極的な硬化手段とは明らかに異なる積極的な硬化手段を用いることが示されている。
原告製造方法(ニッカULG)については、加熱成形後にヒータを通していないから、本件発明の製造方法における加熱成形工程の後の「その場で硬化させ」る工程が存在しないし、加熱成形されたシートは、三本の冷却ロールで加熱成形後直ちに室温まで冷やされた後、巻き取りロールで巻き取られて工場内の別の場所で室温で少なくとも一〇日間保管されるから、加熱成形後には「結合剤物質」を硬化させる工程は存在しない。ニッカULGは、加熱成形直後既に、バインダー層と被覆フイルムの間の優れた接着力が得られていて、室温で三六日間保管した後も、接着力に変化や改善がないことが証明されている(甲二一の一、乙事件の甲九の一)ことからも、その場での硬化はない。
一方、確かに原告製造方法(西武ULG)については、加熱成形後赤外線ヒータによる加熱を行っている。しかし、同方法②で、加熱成形後赤外線ヒータの上方を通過している時間は数秒にも満たないものであり、しかも、そのときシートの加熱成形した面は冷却ロールによって冷却されている。このヒータの上方を通過する間にイソシアネート基とアクリルの水酸基のウレタン結合が生じることは、あり得ない。したがって、西武ULGにおいても、本件発明の製造方法における加熱成形工程の後の「その場で硬化させ」る工程が存在していないことは明らかである。
以上から、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(五)を充足しない。
11 構成要件(五)の充足性(その二)
ULGにおいて、硬化が生じているといえるか。
(被告の主張)
ULGのバインダー層には、加熱成形に至るまでの間、イソシアネートが含まれていたことは当事者間に争いのない事実である。甲二一、乙事件の甲九、乙二五によれば、ULGの製造工程では、加熱成形後においてもバインダー層中に未反応のイソシアネート架橋剤が存在していること、加熱成形後にイソシアネート架橋剤の反応が存在したことが確認された。これらによれば、加熱成形後に有意の硬化が生じていることは明らかである。
この点について、原告は、バインダー層は室温においてガラス状であって、ポリマーが移動して反応することができないことを根拠として、甲二一、乙事件の甲九のイソシアネートの反応は、水との反応であって、架橋反応ではないと主張するが、右主張は、実験による確認を伴わない推論にすぎないのみならず、以下の理由により誤りがある。
すなわち、乙一七、乙事件の乙一一によれば、ULGのバインダー層が室温では、明らかにガラス状ではなくゴム状であることが確認されている。また、乙一六、乙事件の乙一二によれば、バインダー層のガラス転移温度は室温より低いことが確認されている。さらに、水分子との反応の可能性については、ULGは、加熱成形後、両面はポリマーシートで覆われ、ロール状に巻かれて保存されるため、水分は、ポリマーシートを通過することができないから、ロールの最外層のシーティングにも侵入できないと考えられる(シートの両端のわずかな隙間から水分が侵入することも考えられるが、それが容易に起こるとは認められない。乙一六、乙事件の乙一二)。仮に、イソシアネート基が水と反応したとしても、架橋反応が不可能になるわけではない。水とイソシアネートの反応により生成するアミノ基は、他のポリマー分子に結合している未反応のイソシアネート基と反応して尿素結合を形成することができ、右反応により、二つのポリマー分子は架橋される(アロファネート反応・ビウレット反応。乙一六、乙二五、乙事件の乙一二)。仮に、ULGにおいて、イソシアネートが水との反応に消費され架橋反応に寄与しないのであれば、得られる製品のバインダー層は、熱可塑性を維持しなければならないはずであるが、乙事件の乙一一及び一三によれば、ULGのバインダー層は不溶性であり、熱による流動性がなく、加熱成形後に架橋反応が進行し、それに基づく硬化が生じていることが認められるから、イソシアネートが架橋反応に寄与していることは明らかである。
よって、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(五)を充足する。
(原告の反論)
ULGの製造工程において、加熱成形後、ULGのバインダー層には有意の硬化は生じていない。
すなわち、ULGのバインダー層で使用されるイソシアネートの量は、本件発明に開示されている量と比較して著しく少なく、その九四パーセントは加熱成形工程より三ないし五日前の時点で反応が完了し、しかもその後加熱成形工程までの間にさらにイソシアネートは減少する。このように、加熱成形後のバインダー層中の残存イソシアネートの濃度は著しく低いので、いかなる有意の硬化も生じない。
また、加熱成形後にわずかに残存する可能性のあるイソシアネートも、以下の理由から、その後架橋(硬化)し得る状況にはない。すなわち、製造工程中(室温においての)ULGバインダー層は、ガラス状態にあって(甲四三の四)、ガラス転移温度Tgより低い室温では氷結しているので、水酸基を含むアクリレートと三官能イソシアネート(トリイソシアネート。架橋成分)の移動は実質的に凍結されている上、三つのイソシアネート基のうち一つがバインダー層中の水酸基とウレタン結合を形成するとその架橋成分はその場に固定され移動できなくなる。他方、水のような小さな分子はバインダー層中をゆっくりと拡散して未反応のイソシアネート基と反応(加水分解反応)してしまう。すなわち、加熱成形後にわずかに残存する可能性のある未反応のイソシアネート基は水と反応し、架橋(硬化)し得る量はないのであり、有意な硬化は生じ得ない。
乙一六及び一七並びに乙事件の乙一一及び一二は、バインダー層がガラス状かゴム状かを明らかにする方法として適当とはいえない(甲四三の一)。甲四三の一によれば、バインダー層、バインダー層組成物、サポート層溶液の水分含有量を測定した結果、バインダー層組成物中には、イソシアネート分子の約四倍もの水分子が存在することが確認されており、加水分解反応が支配的となるだけの十分な量の水がULG中には存在している。被告がその根拠とするアロファネート反応やビウレット反応(乙一六及び乙事件の乙一二)は、ポリウレタンの生成過程においてのみ起こり得る反応であって、ULGの製造におけるイソシアネートの濃度はポリウレタンを精製する場合と比較して相当低く、反応条件も低温で、触媒も異なっている(甲四三の一)ので、これらの反応が起こることはない。
よって、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(五)を充足しない。
12 構成要件(六)の充足性
原告製造方法(ULG)は、結合部組織の結合強度を増大させているか。
(被告の主張)
ULGは、加熱成形後に架橋を進行させて高い結合力を得るように製造工程が設定されている。剥離強度試験(乙事件の甲九の八の二)によれば、加熱成形直後から三六日間の室温保存によって、実際に剥離強度が増大したことが示されているのであるから(乙事件の乙一一)、原告製造方法(ULG)では加熱成形後、測定できるような接着力の増大が生じている。
よって、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(六)を充足する。
(原告の反論)
ULGには、加熱成形後測定できるような接着力の増大はない。
すなわち、ULGの被覆フィルムと加熱成形されたバインダー層部分は、加熱成形直後の時点で、本件公報の中に記載されているような、かみそり刃試険によって、きれいに分離することは不可能であった。また、加熱成形直後の接着は既に非常に強く完全であるために、加熱成形された界面での破壊は起こらず、それぞれの密閉されたセルの柱の根元の部分で起こること、(乙事件の甲九の一)、カバーフィルムの剥離は観察されず、破壊は柱の根元の部分で起こること(甲四三の六)が確認されている。これらの結果は、加熱成形直後のULGであるか、室温に一〇日間保存した後のULGであるかによって差がないこと、ULGのバインダー層と被覆シートとの接着力は加熱成形直後の時点で既に完全であり、室温でのULGの保管により、剥離強度が変化しないことを示している。
よって、原告製造方法(ULG)は、本件発明の構成要件(六)を充足しない。
第三争点に対する判断
【甲事件】
一 争点2、3(構成要件B(三)(四)、B(四)ーその一の充足性)について
1 構成要件B(三)、(四)の充足性(架橋剤の含有の有無)から判断する。
ULSは、基体シートがサポート層とバインダー層からなり、サポート層には架橋剤であるイソシアネートが含有されていること、バインダー層にはもともとイソシアネートが含有されていないことは当事者間に争いがない。したがって、サポート層に含有されているイソシアネートが、サポート層からバインダー層に移行し、しかも、加熱成形後も未反応のままで存在しているといえるか否かを検討する。
(一) まず、甲一六、乙一八によれば、ULS製品について、支柱部及びカプセル部のバインダー層にイソシアネートに基づく反応成分が存在するかどうかについて、顕微赤外分光分析装置(FTーIR・Microscope)を用いて試験がされている。バインダー層についてサポート層の界面から一〇μm毎に赤外吸収スペクトルを測定し、イソシアネートに基づく反応成分すなわちウレタン成分の存在の有無を確認した。その結果、バインダー層中の、バインダー層とサポート層との界面から一〇μmまでの領域からウレタン成分が検出されたが、一〇μmより遠方領域からは検出されなかった。
次に、甲二〇の六によれば、加熱成形前、二〇日間のエージング後のULSのサンプルについて、FTーIR分析を実施したところ、バインダー層中の、サポート層とバインダー層との界面から一〇μm以内の領域にウレタン成分が確認された。
さらに、甲二〇の七によれば、加熱成形後、直ちに室温で冷却したULSサンプルについて、バインダー層中(全体が約五〇μmの厚みに圧縮されている。)、サポート層とバインダー層との界面から二〇μmの範囲にはウレタン結合が確認されたが、被覆フィルム側上部の約二五μm厚みの部分(バインダー層と被覆フィルムの界面及び被覆フィルムも含む。)にはウレタン結合もイソシアネートも確認されなかった。
甲三五によれば、裁判所立会の下、原告側工場で、加熱成形直後の中間製品をサンプリングしたものを、株式会社環境技研においてFTーIR試験を実施した結果、加熱成形直後のULS中間製品のバインダー層中及びサポート層中には、未反応のイソシアネートは全く含まれず、バインダー層中の、サポート層とバインダー層との界面から一〇μmまでの領域には、イソシアネートの反応により生成したウレタン結合が検出されたが、一〇μmより遠方領域からは全く検出されなかった。
以上の事実を総合すると、原告製造方法(ULS)においては、加熱成形直前に、イソシアネートの反応は完了し、加熱成形後のULSのバインダー層中に未反応のイソシアネートが存在しているということはできない。
(二) この点について、被告は、乙一〇及び二四により、加熱成形後のULSには、未反応のイソシアネートが存在する旨主張する。しかし、以下の理由により、被告の右主張は失当である。
乙一〇は、ULSのサポート層について、フーリエ変換赤外スペクトル法(FTーIR)試験を室温保管後及び高温加熱後両方について行ったところ、採取後しばらく室温で保管したサポート層には相当な量の未反応のイソシアネートが存在したこと、そして、その後の高温での加熱により右未反応のイソシアネートが消失したことが確認されたとしている。しかし、この試験の対象は、バインダー層が積層される前のPETフィルムのサポート層であって、バインダー層中のイソシアネートの含有を確認したものではない。
乙二四は、平成九年に原告側の工場で採取、提供された加熱成形後のULSのサンプルについて、被告が独自にFTーIR試験を実施した結果、バインダー層の下層に、室温に置いた場合に架橋反応をしてシーティングの特性を改良するに足りる量の未反応のイソシアネートが残存していたとしている。しかし、右試験は、試験用サンプルを作成するに当たり、サンプルのポリエチレンテレフタレート保護フィルムを剥がしただけであり、保護フィルムとサポート層との境界部分を測定したのか、サポート層とバインダー層の境界部分を測定したのか明確ではないこと、実験方法や未反応イソシアネートの分量の分析方法が追試可能な程度に明瞭に記載されていないこと、有効量のイソシアネートが存在することを示しているとはいえないこと(当初のイソシアネートの量の約〇・六ないし一・三パーセント)などに照らして、採用することができない。
(三) 以上のとおり、加熱成形直前には、既にイソシアネートの反応は完了し、また、加熱成形後には、サポート層及びバインダー層いずれにおいても未反応のイソシアネートが検出されず、硬化可能な架橋剤は存在しない。
よって、「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質」は存在せず、原告製造方法(ULS)の構成(4)は本件発明の構成要件B(三)、(四)を充足しない。
2 構成要件B(四)の充足性ーその一(硬化の有無)について判断する。
前記のとおり、原告製造方法(ULS)では、加熱成形直前においては、イソシアネートの反応は完了し、サポート層、バインダー層いずれにおいても未反応のイソシアネートが検出されず、加熱成形後には、硬化可能な架橋剤は存在しないこと、さらに、加熱成形直後において、既に結合部組織とトップフィルムとの接着力が十分に得られ、その後接着力の増大は認められないことから、原告製造方法(ULS)において、放射線を用いて積極的な硬化手段を行うことによって同結合部組織をその場で硬化させることはあり得ないことになる。したがって、ULSの製造工程においては、加熱成形後の硬化という操作は想定されていないということができる。
したがって、原告製造方法(ULS)の構成(5)は、本件発明の構成要件B(四) も充足しない。
二 争点4(構成要件B(四)の充足性ーその二)について
1 原告は、「不溶性で不融性の状態にする」の意義について、絶対的な不溶解性及び不融解性を有する状態を指すと解すべきである旨主張する。
まず、この点について検討すると、①本件発明は、従来技術として存在した【H】特許の再帰反射性シーティングを改良し、基体シートと被覆フィルムの結合強度をより高めることを目的としていること(本件明細書の「発明の詳細な説明」2欄18行ないし21行)、②本件明細書中には、「本明細書では『硬化(curing)』は硬化した物質の比較的不溶解性及び不融解性を生じる架橋又は連鎖伸長反応のような構成成分の化学反応を表現するのに使用する。」(発明の詳細な説明4欄36行ないし39行)と、また、「本発明の再帰反射性シーティングを完成するためには、次に打ち出したシーティングを、あらかじめ決定した水準の放射線に暴露する。この放射線暴露により、結合剤物質は硬化して比較的不融解性及び不溶解性状態になる。放射線の迅速作用形態、すなわち5分以下、好ましくは、5秒以下ですむ放射線の適用は製品の処理時間を最小にするため、ならびに経済のためにも非常に好ましいが、結合強度は完成時の強度に達しない。」(発明の詳細な説明7欄24行ないし32行)と記載されていること、③実施例12には、結合部が被覆フィルムを適切に保持する力をもつために、必要な放射線照射量が定められていること等に照らすと、「不溶性で不融性の状態」とは、絶対的な不溶不融に限定することは相当ではないが、完成時の結合強度に達するに必要な程度の不溶性、不融性の状態に達していることが必要であるというべきである。
2 右解釈を前提として検討する。
本件全証拠によるも、原告製造方法(ULS)は、硬化により、「不溶性で不融性の状態」になっているということはできない。
(一) まず、被告は乙九により、相対的な不溶性が実験的に確認されたと主張する。すなわち、加熱成形後、ドライアイス中に保存して硬化の進行を止めたULSのサンプルと、室温に保存したULSのサンプルを、それぞれ溶剤に浸して、溶解による変形を観察したところ、ドライアイス中に保存したサンプルの方が容易にかつより速やかに溶解し、形を失うことが観察され、室温で硬化されたULSのサンプルが相対的不溶性を有することが判明した、とする。しかし、①ドライアイス保存したサンプルは、ドライアイスで冷やされることによる影響を無視できないこと、②本件発明は結合部組織の溶解性、融解性が問題とされているところ、右実験では、必ずしも結合部組織の溶解性が確かめられているとはいえないこと等の事実を考慮すると、右実験は妥当なものとはいえない。
(二) また、被告は、裁判官立会の下で実施された溶解性試験(甲三三)で、加熱成形直後のULSサンプルと室温保存のULSサンプルの比較において、室温保存三二日で、溶解性が低下することが明らかにされたと主張する。しかし、
① 右実験は、溶剤にULSのサンプルを浸して、時間の経過に従って破壊されるカプセル数を目視的に確認することによって、溶解性の比較をしているが、このような目視的な実験で結合部組織の溶解性を確認することができるか疑問があること、
② 同じ条件下のサンプルについて、異なる結果が示されている例が存在すること、
③ 室温保管三二日後のサンプルの方が加熱成形直後のサンプルに比較して溶解が早く進んでいると評価されるデータもあること(例えば、溶剤NBに浸したサンプルのデータ)等の事実を考慮すると、右実験が、ULSの結合部組織の不溶解性を立証したとはいい難い。
(三) なお、甲二三では、溶解性物質等の重量パーセントを測定することにより溶解性を分析する実験が行われ、「加熱成形直前」「加熱成形直後」「加熱成形後一〇日目」「加熱成形後二〇日目」の各サンプルについて、溶解性のポリマー又はバインダー層の平均重量パーセントが測定された。それによれば、不溶解性のポリマーの重量平均分子量が加熱成形後二〇日の間に、わずかながら増加しているデータが存在していたり(溶剤にアセトンを用いた場合、平均〇・四パーセントの重量平均分子量の増加が認められる。)、溶解性のポリマーの重量平均分子量が加熱成形後減少したりしている例も存在する。しかし、全体的にみると、すべてのサンプルにおいて、溶解性の減少が認められず、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPCテスト)を用いて、バインダー層の溶解したポリマー分子量分布分析を行った結果において、いずれのサンプルについても分子量分布に違いがなく、重量平均分子量の増加が認められなかったことが示されていると評価できるので、全体として、原告製造方法(ULS)において、硬化の結果、「不溶性で不融性の状態」になっていると結論付けることはできない。
以上のとおり、原告製造方法(ULS)(6)では、硬化の結果、「不溶性で不融性の状態」になっているということはできず、本件発明の構成要件B(四)を充足しない。
三 争点5(構成要件B(五)の充足性)について
1 原告は、「結合強度の増大」を生ずる部位については、結合部組織のうち被覆フィルムとの界面のみと解すべきであって、結合部組織全体と解すべきではない旨主張する。この点について検討する。
本件明細書の「発明の詳細な説明」欄に、「このようなシーティングの必須条件は被覆フィルムと基体シートとの間の耐久力の結合を得ることである。」(3欄19行ないし21行)と、「被覆シートと基体シートとの間の改良された接着により、セル状再帰反射性シーティングは著しく改良される。」(同6欄10行ないし13行)と、それぞれ記載され、結合部組織は、「被覆シート」と「基体シート」とを結合する部分全体とみるのが素直であることに照らすと、「結合強度の増大」を生ずる部位は、結合部組織のうち被覆フィルムとの界面のみと解すべきではなく、結合部組織全体(被覆フィルムとの接着部分である界面部分を含めた趣旨である。)と解するのが相当である。
2 構成要件の充足性
本件全証拠によるも、硬化により結合部組織の結合強度が増大したことを認めることはできない。
(一) まず、乙九では、硬化の結果として、結合強度が増大することを確認するために、加熱成形直後のULSのサンプルを用いて、硬化の前と後の引き剥がしを実施し、室温での硬化に伴い、被覆シートを基体から引き剥がすのに要する引っ張り強度が増大したとしている。しかし、右実験では、①引き剥がされた部位が、結合部組織なのか基体シート部分なのかが不明であり、結合部組織の強度を測定したと評価することはできないこと、②加熱成形直後にドライアイス保管したサンプルに比べて、室温保管したサンプルの方が、引き剥がすのにより強い力が必要であったとする点は、ドライアイス冷却の影響を度外視していることに照らして、右結果を採用することはできない。
(二) また、乙一九で、「裁判所立会の下実施した共同実験の際に使用されたサンプル」と「平成一一年四月に採取されたサンプル」について、①より強い硬化条件を与え(サンプルを六五度に維持したオーブンの中に五五三時間置いた。二五度の室温状態に二四か月エージングした場合に相当する。)、剥離強度試験に供したところ、いずれのサンプルについても、結合強度の増大が認められたとし、②さらに、ドライアイスの作用を利用して剥離強度の増大を確認する実験を行ったところ、右の五五三時間の六五度の硬化させたサンプルほどドライアイスの影響を受けにくく、剥離強度の低下の程度が小さかったとしている。しかし、このような急激かつ過度な加熱処理がULSの性質に何らの影響を与えないことが確認されていない以上、その結果をそのまま採用することはできない。
(三) 裁判所立会の下で実施された、原告、被告による剥離強度試験(甲三一)は、「加熱成形直後のULSのサンプル」、「加熱成形直後から三一日間、ドライアイスを入れたボックスの中で、冷却保管しておいたULSのサンプル」、「加熱成形直後から三二日間、室温で保管しておいたULSのサンプル」について、原告、被告がそれぞれの方法で剥離強度を確かめたものである。その結果、いずれのサンプルにおいても、破断は基体シートと被覆フィルムを接着する界面部分や結合部組織部分ではなく、サポート層を含んだ基体シート部分で起こっていること、破断に至った引っ張り強度は、加熱成形直後から室温保管三二日の間に増大していないことが確認された(ドライアイス保管したサンプルについては、右二者に比較して引っ張り強度が低かった。)。しかし、基体シート部分で破断が生じていることに照らすと、右試験によって、界面部分も含めた結合部組織の強度は測定されているとは必ずしもいい難く、せいぜい、加熱成形後のサンプルについては、結合強度は、結合部組織の方が基体シート部分よりも強かったということが明らかにされただけであるといわざるを得ない。なお、被告は、三二日保管後のサンプルについて、試験板(アルミ板)に貼り付けるための接着剤を変えたために(乙一九)、加熱成形直後のサンプルとの比較ができないものといわざるを得ない。
また、甲二〇の九の二では、ULSサンプルを引っ張り試験機にセットし、一部剥離した被覆フィルムを九〇度方向に引き剥がす時の剥離強度を測定したところ、「加熱成形直後に測定したサンプル」と、「加熱成形後九五日ないし一〇〇日間室温で保存したサンプル」との間で、剥離強度の上昇は認められなかったとしているが、破断箇所は結合部組織の柱部分の根元で生じていることから、結合部組織の強度が測定されたとは必ずしもいえない。
以上のとおり、結合部組織を硬化させて不溶性、不融性の状態にすることにより、被覆シートに対する「結合強度を増大」させているとは認められず、原告製造方法(ULS)(6)は本件発明の構成要件B(五)を充足しないといえる。
四 争点6(均等の成否)について
被告は、原告製造方法(ULS)の構成(5)が、本件発明の構成要件B(四)における「加熱成形後の硬化」の要件を文言上充足しないとしても、右構成(5)は右B(四)と均等である旨主張する。
しかし、本件発明は、公知のカプセルレンズ型再帰反射シートの耐候性を向上させるために、従来技術にはなかった「加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質を加熱成形して前記の結合部組織を形成した後、この結合部組織に施される放射線によって同結合部組織をその場で硬化させて不溶性で不融性の状態にすることにより」前記シートに対する結合部組織の結合強度を増大させることを特徴とするシーティングの製造法を開示したものであって、本件発明の構成要件B(四)の「加熱成形後の硬化」は、本件発明特有の課題解決手段を基礎付ける特徴的な部分であって、本件発明の本質をなす重要な製造工程である。
したがって、原告製造方法(ULS)(5)は、本件発明の構成要件B(四)と均等とはいえない。
五 甲事件の小括
以上のとおり、原告製造方法(ULS)は、本件発明の技術的範囲には属さないので、原告がULSを製造販売等した行為について、被告が本件特許権又は本件契約に基づき損害賠償請求権を有することはない(なお、原告製造方法(ULS)に関して、本件契約に基づいて損害賠償請求権を有する旨の格別の主張はない。)。
【乙事件】
六 争点6(本件契約の対象)について
1 前記第二、一記載の前提となる事実、乙事件の甲八、乙事件の乙一ないし四並びに弁論の全趣旨によれば、本件契約に関して、以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(一) 昭和六三年四月一五日、アメリカ合衆国国際貿易委員会は、被告の申立てに基づき、西武の製造販売していたULGが、本件特許権を侵害する旨の決定をした。平成元年、アメリカ合衆国CAFCは、右決定を認容した。また、被告は、西武に対して、米国の外にも、英国、フランス、オーストラリア、カナダ、台湾の各国において、西武ULGが各国の【G】特許を侵害すると主張して訴えを提起した。
(二) ところで、平成三年八月一日、原告は、西武から、西武ULGを含むカプセルレンズ型再帰反射シートの事業を承継し、西武ULGの販売を開始した(西武ULGの製造は、ニッカポリマが行った。)。
被告は、原告に対し、平成三年八月二七日付の書面で、右訴訟の存在を知らせると共に、原告と協議する用意があることを伝え、以後、原告と被告の間で西武ULGの本件特許権侵害をめぐる紛争解決に向けての和解交渉が続けられた。
平成三年一一月七日、ニッカポリマは、ULGの製法を第二、事案の概要、一、前提となる事実4(三)(1)記載のとおり、ニッカULGに変更し、その後、原告は西武から護り受けた西武ULGの在庫品と、ニッカULGの両方を販売した。平成三年一二月に、英国のハイ・コート・オブ・ジャスティス・パテンツコートは、西武ULGについて、【G】特許権を侵害するとの判決をした。
(三) 平成四年四月三日、東京において、原告と被告の間で、本件特許権に係る紛争を解決する協議が持たれ、紛争解決の方針が口頭で確認された。被告は右内容を書面化し、原告は、被告側で書面化した契約書に署名し、これを被告に送付した。被告も、同書面に署名し、平成四年四月二九日の日付を入れて、原告に対しこれをファクシミリで返送した。
(四) 原告と被告は、平成四年四月二九日付で、「NCI(原告)が、特許国のいずれにおいても、3M(被告)が期間満了していない【G】特許をその国で有している限り、ULGシーティングを含む抵触再帰反射シートを製造、使用若しくは販売しないことに同意する。」との内容の契約を締結した(契約書第一条)。
そして、右契約書に、本件契約の対象となる「ULGシーティング」とは、「西武によって製造され、ウルトラライト・グレード・レトロフレクティブシーティングとして取引されるカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する。」(一条三項)、「抵触再帰反射シート」とは、「製造若しくは販売されている地域において期間満了していない【G】特許に包含されるカプセルレンズ型再帰反射シートを意味する。」(一条四項)と記載された。
(五) 原告は、平成四年一一月一七日、本件契約を受けて、カナダ連邦裁判所審理部におけるULGに関する訴訟を同意判決により終了させ、その他にも、オーストラリア、フランス等における同様の事件も和解契約等により終了させた。
原告は、平成五年一月以降、ULGの製造販売を中止して、製品をすべてULSに切り替え、日本においてこれを製造し、日本、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、スペイン、中国、韓国など主要国で販売している。
2 右認定した事実を総合すれば、原告が製造、使用又は販売を中止する旨約した製品とは、「ULGシーティングを含む抵触再帰反射シート」であり、「西武ULGシーティング」とは、本件契約書に記載された文言どおり、「西武によって製造され、ULGシーティングとして取引されるカプセルレンズ型再帰反射シート」のみであるというべきである。したがって、原告は、西武以外の企業によって製造された製品、すなわちニッカポリマによって製造された西武ULG及びニッカULGについては、「抵触再帰反射シート」に該当しない限り、すなわち、原告製造方法(ULG)が本件発明の技術的範囲に属しない限り、本件契約上は、製造、販売等を中止する義務を負わないと解すべきである。
この点について、被告は、本件契約が締結された際、本件に関係するULGと称する再帰反射シーティングは、①西武が製造した西武ULG、②西武と同じ製造方法で、ニッカポリマが製造した西武ULG、③ニッカポリマが製造したニッカULGの三種類存在していたこと、ULGが【G】特許権を侵害するとの判断が各国の裁判所で出されたため、それを契機として、本件契約が締結されるに至ったことに照らすならば、三種類のULGのすべてについて紛争を解決する趣旨で合意がされたと解すべきである旨主張する。
しかし、①本件契約は、国際的な特許紛争の解決を目的として、大企業相互間において、書面で合意されたものであること、②本件契約書については、被告において起案したこと、③本件契約における製造、販売等を中止する対象製品については、被告自らが用語を選択していること等の事情を考慮すると、本件契約の内容は、その文言に沿って解釈するのが相当である。そうすると、本件契約の文言は、原告が中止すべき対象製品について、二義を許さないほど明確に定義されているのであるから、その趣旨に沿って解釈すべきことになり、被告の前記主張は採用できない。
以上のとおりであるから、原告は被告に対し、ULGを製造、使用及び販売したことについて、原告製造方法(ULG)が本件発明の技術的範囲に属しない限り、本件契約に基づく損害賠償請求権を有しない。
七 争点9及び10(構成要件(四)、(五)の充足性)について
1 構成要件(四)、(五)(架橋剤の含有)の充足性
原告製造方法(ULG)において、加熱成形に至るまでの時点に、バインダー層に未反応のイソシアネートが含まれていたことは当事者間に争いはないが、本件全証拠によるも、加熱成形後においても、実質的に硬化の進行を生じさせるに足りる量の未反応のイソシアネートが存在しているということを認めることはできない。
この点について、被告は、加熱成形後に未反応のイソシアネートが存在することが確認されており、その量は加熱成形後の実質的硬化の進行を裏付けるに足りる量であると主張する(甲二一、乙事件の甲九、乙二五)。
しかし、ULGのバインダー層中のイソシアネートはバインダー層組成物に対して、一・三重量パーセント(バインダー層の樹脂に対しては三・〇重量パーセント)に過ぎず、本件公報に具体的に開示されている架橋性化合物の量(一三ないし五〇重量パーセント)と比較して著しく少量であること、FTーIR分光分析によるバインダー層中のイソシアネート基濃度の定量分析によれば、加熱成形よりも三ないし五日以上も前に行われるガラスビーズをバインダー層の中に埋め込む工程の時点で、バインダー層中のイソシアネート基の九四パーセントが既に反応していることが確認されていること、その後加熱成形工程までの間にさらにイソシアネートは減少すること(甲四三、四四)等の事実に照らして、加熟成形後において実質的に硬化を生ぜしめるに足りる量の未反応イソシアネートがバインダー層(結合剤物質)の中に存在すると認めることはできず、被告の右主張は採用できない。
以上から、原告製造方法(ULG)にあっては、加熟成形後において実質的に硬化を生ぜしめるに足りる量の未反応イソシアネートがバインダー層(結合剤物質)の中に存在しないので、原告製造方法(ULG)②においては、加熱成形可能でかつ放射線によって硬化しうる結合剤物質が、加熱成形後に存在していないといえ、構成要件(四)、(五)を充足しない。
2 構成要件(五)(その場での硬化)の充足性
本件特許は、【H】特許の改良特許であり、【H】特許において開示された技術との相違性が認められることが必要である点に鑑みれば、「その場での硬化」の意味については、結合剤物質を未硬化の状態において加熱成形した後に、単に放置する等という消極的なものではなく、放射線を用いて結合剤物質を積極的に硬化させるという独立した工程が存在することが必要であるというべきである。
まず、原告製造方法(ニッカULG)については、加熱成形後にヒータを通していないので、本件発明の製造方法における加熱成形工程の後の「その場で硬化させ」る独立の工程は存在しないし、また、加熱成形されたシートは、三本の冷却ロールで加熱成形後直ちに室温まで冷やされた後、巻き取りロールで巻き取られて工場内の別の場所で室温で少なくとも一〇日間保管されるから、加熱成形後には「結合剤物質」を硬化させる工程は存在しないことが明らかである。
また、原告製造方法(西武ULG)については、ニッカULGとは異なり、加熱成形後に遠赤外線ヒータの下部を通過させる工程が存在する。しかし、同方法で、加熱成形後赤外線ヒータの上方を通過している時間は数秒にも満たず、しかも、同時にシートの加熱成形した面は冷却ロールによって冷却されていること、前記のとおり加熱成形後に実質的に硬化に寄与しうる程度の量の未反応のイソシアネートが存在していないことに照らすと、右工程をもって、硬化を生じさせるための意味ある工程であるとはいうことはできない。西武ULGにおいても、本件発明の製造方法における加熱成形工程の後の「その場で硬化させ」る工程が存在しないと解すべきである。
したがって、原告製造方法(ULG)②は、本件発明の構成要件(五)を充足しない。
八 乙事件の小括
以上のとおり、原告製造方法(ULG)は、いずれも、本件発明の技術的範囲には属さないので、原告がこれらを製造販売等した行為について、被告が本件特許権又は本件契約に基づき損害賠償請求権を有することはない。
【甲、乙事件】
九 結論
よって、原告の請求はいずれも理由があるので、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 飯村敏明 裁判官 八木貴美子 裁判官 石村智)
<以下省略>